13thKansaiQueerFilmFestival2019

過去のトラウマが、家父長制社会で生きるトランス男性としてロスカムの人生に、どのような影響を及ぼしたのか?

内野クリスタル

邦題:パパのやり方
英題:Paternal Rites
監督:ジュールズ ロスカム Jules Rosskam
   82分|2018年|米国|英語
web:https://www.paternalritesfilm.com/

父親の無感情に長年悩まされていたジュールズ・ロスカムは、パートナーのアレックスとともに、彼の両親が1974年にしたロードトリップを辿る記録の旅に出かける。入植国家アメリカを旅する中でこの映画が紡ぐのは、祖父・父・ロスカム三世代の関係をめぐる、胸の張り裂けそうな記録の束だ。この関係の中心にあるのは、ロスカムの受けた子供の頃の性的虐待、いつも不在だったアルコール依存症の父親、そして父の信じる白人男性神話である。

映画はプロローグから始まる。 スクリーンに不穏な色の動きが映し出され、後ろで流れるセラピストの声は、トラウマに対する身体の反応、そしてそれがどう脳に刻印されるのかを説明する。セラピスト(の声)は、「傷を受けた体験は脳内で断片化されることが多い。その暗黙(無意識化にある)記憶を、その後の経験を物語ることを通して、明確な(意識上の)記憶に移行することが必要」と話す。セラピストの声が、ロスカムと彼の家族に焦点を当てると、子供の頃の彼の画を取り囲むように、おびただしい数の色が流れ出す。これが物語の出発点だ。

子供の頃受けた性的虐待のサバイバーとして、クィアとして、トランスジェンダーとしてのロスカム。映画『パパのやり方』は、彼の「対峙」を記録した作品だ。過去に向き合い、家庭内における父の不在を突き詰め、カミングアウトに対する周囲の沈黙と協力の欠如を回顧する。過去のトラウマが、家父長制社会で生きるトランス男性としてロスカムの人生に、どのような影響を及ぼしたのか?それを知るために彼は、トラウマと記憶の構造、往々にして説明義務を免責される社会システムについて、自己省察を進めていく。

率直で、親密で、生(き)。プロローグから終盤まで、本作の姿勢は勇敢であり同時に芸術的だ。映画の視覚的風景は、ざらざらしたホームビデオ映像、旅の道中で撮られた静止画、16mmフィルム映画、そしてカラフルなアニメーション。ロスカム、パートナー、両親、セラピストの間で交わされる会話を聞きながら、それら視覚的要素が内観的な境地へと観客を導く。
色による情報の伝達を阻まれた、白く単調なビデオは、白人中流階級の郊外生活の陳腐さを描いているのかもしれない。画面上に次々に重ね合わされる映像は、正体の掴めないとめどない傷を表象し、記憶に刻む方法を観客に指し示しているようだ。

最もはらはらさせられるのは、ロスカムと父との対話シーンだ。会話の音声シーンはたいてい、白い画面だけでなく、抑制された色合いが現れては消えるパノラマ風景を背景に再生される。
この場面では、彼の父親の「周りにこう見られたい」という願望が垣間見られる。「善人として」、「家族を愛し、世話をし、犠牲を払った人として」、そして「自分の子供をありのまま受け入れる人間として」。しかし、それはロスカムの問いとは相容れない。祖父からの性的虐待が判明した後、信じてもらえず、サポートされず、尋問されるような態度をされるのがどれほど辛いものだったか、父は分かっているのだろうか?「息子がクィアでトランスジェンダーであることを父は恥じている」と自分が感じるのを父は知っているのだろうか?
傷つくのを躊躇わず、家族との非常に難しい会話に誠実に取り組もうとする姿を見て、観客である私は謙虚な気持ちになった。そこに辿り着くまでに、どれほどの労力と支援が必要だったか、そして父親の発するよそよそしい返答に耳を傾けるのはどれほど大変だったろうかと思うからだ。

ロスカムと近しい関係にもかかわらず、彼を暴力から守ることができなかった母。それだけでなく、彼を沈黙させることに共謀していたという悲劇も明らかになる。さらに悪いことには彼女は、説明の責任から逃れているように見える。その責任を家族の中の男性に課すのも、そして自分自身(ロスカムの母)に課すのも。
ロスカムが、兄の暴力に対して何の解決的結論がなかった理由を母に尋ねた時、「証拠がなかったから」と言われ、性的虐待が表出した時は、「“よいタッチ”と“よくないタッチ”の話をした」と聞かされる。

痛みを伴うものを通り抜け、誰かに責任を負わせるためにどれだけのエネルギーが必要か。家族の誰も説明責任を果たさないという失望。観客は映画を通し、繰り返しそれらを見せつけられる。そしておそらくこの物語で最も悲劇的なのは、ここに出てくるトラウマは個人的であるのと同時に、構造的であるという点だ。
観客にはパッケージ化された結論は与えられない。とどのつまりこれは現実世界なのだから。とはいえ希望をも感じる。過去を呼び起こし、暴力に立ち向かい、そして物語を語ることでサバイバーの代表を標榜する。究極のところ、この映画は、“変容”という名の通過儀礼と、癒しを体現するものなのだ。
一鑑賞者として、私は本作に対して感謝の念と感動の涙を禁じ得ない。
既存のトラウマの言説は限定的だ。映画『パパのやり方』は、その言説の壁―この壁は“言い逃れ”とも換言できるだろう―に真っ向から挑み、それを無力化することに成功している。




内野クリスタル



『パパのやり方』作品レビュー


過去のトラウマが、家父長制社会で生きるトランス男性としてロスカムの人生に、どのような影響を及ぼしたのか?
内野クリスタル


ロスカム作品レビュー一覧


パパのやり方
►9/23(月・休) 10:10 すてっぷ(上映後に、シネマカフェあり)
►10/19(土) 15:25 西部講堂


※日本語字幕をオンにしてごらん下さい。
  • パパのやり方スチール
  • パパのやり方スチール
  • パパのやり方スチール

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