13thKansaiQueerFilmFestival2019
『トランスペアレント』作品レビュー

彼らと私は、同じように偏見のある社会で懸命に子育てしている親同士

早川菜津美

邦題:トランスペアレント
英題:transparent
監督:ジュールズ ロスカム Jules Rosskam
   61分|2005年|米国|英語

 この映画は私にとって、幼い私の愚かな疑問に答えてくれるものとなった。
この映画を見て、ふと思い出したことがある。それは私が14歳の頃。家族で食事をしていると、テレビで「性同一性障害者の性別変更特例法」が制定されたことを知らせるニュースが流れてきた。ニュースの中では、「未成年の子がいないこと」を性別変更の条件にしている点について批判があることも伝えていた。先に言い訳をすると、私が育ったのはとても田舎で、当時「LGBT」という言葉さえ家族誰も聞いたことがなかったし、私自身は自分の性自認に疑問を持ったこともなく、とにかくLGBTQへの理解は一切なかった。だからその時は、本当に単純に疑問に思ったのだ。
 「性別を変えたいのなら、どうしてこどもを産んだのだろう?」
 現在、私は僅かながらLGBTQに関する知識は持っているつもりだし、こんなにも愚かで人を傷つけるような疑問は持たない。しかし実際に子育てをしているFtMトランスジェンダーの方をどれほど知っているかといえば、全然理解していないのだと思う。そんな私にとって、この映画は彼らを知る第一歩となった。

 まず驚いたのは、彼らが、想像していたよりもずっと辛く深刻な問題を抱えていたということだ。この映画は19人のFtMトランスジェンダーを紹介しているが、それぞれがそれぞれに深刻で異なった問題に対面していた。養育権を失ったり、トランスをする時期や真実を伝える時期をこどもの成長過程に合わせて悩んだり、またこども達にそそがれる周囲の目に悩んだり。
 私が胸を打たれたのは、養育権をなくし、こどもが21歳になるまで一度も会えなかったケースだ。彼は何も悪いこともしていないのに、こどもに会うことが叶わなかった。もし自分が、と考えると思わず涙してしまった。
 こういった彼らの問題は自分が対面したことのない深い苦しみだった。

 一方で、彼らが自分と全く同じように性的偏見(ジェンダーバイアス)に悩んでいることにも驚いた。実は私は、彼らは、彼らが父親でありながらこどもを産んだという特別な経験から、一般的な性的偏見(ジェンダーバイアス)からはもっと自由であろうと勝手に思い込んでいたのだ。しかし彼らも父親的な役割、母親的な役割といったことや、パパと呼ぶのかママと呼ぶのかといったことで悩んでいた。
またFtMの方とMtFの方のパートナーでは、どちらが母親役なのか、といったことでも悩んでいた。
 私は彼らの言葉を聞きながら、まさに私のことだと思った。私は自分の妊娠が分かったとき、親にはなりたいけど「母親」にはなりたくないと強く思った。この国の子育てにおける性的偏見(ジェンダーバイアス)はとても根強く、未だに母親は全力で子育てに尽くすべきだという考えが浸透していると実感する。母親は、仕事や趣味、自分の身なりなどにかまけず、誠心誠意、一心不乱に子育てに打ち込むべしという社会の圧力。母親は聖母たるべしというプレッシャー。
 私と夫は「親たち」でありたいと願っているけれど、社会により母親と父親に分断される感じ。例えば私がこどもを小児科に連れていけば、こどもの体調管理は母親の責務として叱責されることがあるが、夫が連れていけば熱心なパパとして称賛を受ける。夫がひとりでベビーカーを押していると、「普通ではないこと」として周りから声をかけられたりもする。
 心からそれらの偏見にうんざりし、何とか抵抗しようと、友人と小さな団体を立ち上げた。babystepといい、すべての子育て家族が、家族の多様性を認められ、また性的偏見(ジェンダーバイアス)から自由になり、たのしく子育てできる社会を目指して活動している。また、自分のこどもには(まだ発話はないのだけれど)、私を「お母さん」と呼ばずにニックネームで呼んでもらえないか提案しているところである。
 とにかく妊娠への不安、他人の目や、性的役割分担への疑問はまさに彼らの言葉の通りで深く共感した。こんなにFtMトランスジェンダーの方が自分と同じ思いを持っていたとは、この映画を見るまで想像していないことだった。
 また彼らは人種やルッキズムなど異なる問題が重なっている現状も口にしていた。これは今の日本においても、ジェンダー関係なく皆で取り組まなくてはいけない問題であると思う。

 この映画が素晴らしいのは19人のFtMトランスジェンダーのそれぞれの生の声を聞くことができるからだと思う。先日、たまたま子育てをするトランスジェンダーのフィクションの映画を観た母が「子育てをしてるトランスの方たちってみんな、すっごいエネルギッシュね!見ているとパワーが出る!」と言っていたが、それは事実でない気がした。この映画を観て感じたのは、19人それぞれが違う考えを持っている。彼らはFtMトランスジェンダー特有の問題も持っていれば、私と同じような問題意識も共有している。彼らと私は、同じように偏見のある社会で懸命に子育てしている親同士である。
 この映画を観たことで、今ならば私は、14歳の私の愚かな疑問に答えることが出来ると思う。




早川菜津美
すべての子育て家族が、家族の多様性を認められ、また性別に基づく偏見から自由になり、たのしく子育てできる社会を目指す団体babystepの代表。パートナーと楽しいコペアレンティングを模索中。
【babystepのTwitter】



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トランス男性が子どもを産むって、どんなかんじ?
遠藤まめた


ロスカム作品レビュー一覧


トランスペアレント
►9/22(日) 10:10 すてっぷ(視聴覚室)
(上映後に、シネマカフェ。この枠のみ映画上映も視聴覚室)
►10/19(土) 22:50 西部講堂(オールナイト


※日本語字幕をオンにしてごらん下さい。
  • トランスペアレントスチール
  • トランスペアレントスチール
  • トランスペアレントスチール
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