トランス男性が子どもを産むって、どんなかんじ?
邦題:トランスペアレント
英題:transparent
監督:ジュールズ ロスカム Jules Rosskam
61分|2005年|米国|英語
本作品は主に子どもを妊娠・出産したトランス男性の語りを並べたドキュメンタリーだ。全員、生物学的には母親で、登場する人の中にはヒゲが生えていたり、ハゲていたり、いかついタイプで「ママ」と呼ばれている人もいれば、男性としてはパスしないけど「パパ」と呼ばれている人もいる。それぞれ子どものことを愛しているけれど、他の家族とはちょっとちがうところもあって、妊娠や出産に至った経過もいろいろだ。
「妊娠中は、おまえは女なんだって常にビンタされている感じだった」「妊娠期間は自分がインキュベーターになったみたいだった」とみずからを振り返る人もいれば、「人生で唯一この身体をいいと思った」「自分の中に命がいて、赤ちゃんのひじを感じるのはいいものだよ」と振り返る人もいる。今のようにトランスについての情報がたくさんあれば、子どもを産むことはなかっただろうと語る人もいる。でも、情報がなかったからこそ子どもと出会えたことをラッキーに思う、なんて語りにはグッとくるものがある。
妊娠や出産のあとも、トランスならではの悩みはついてくる。性別移行ゆえに親権をうばわれそうになったり、子どもになんて呼ばせるか迷ったり、周りの人たちになんて説明するか困ったりもする。そんな中、子どものおむつをかえたり、離乳食を食べさせたり、一緒にキャーキャー笑い転げたり、宿題をみたりする彼らの毎日は、どこにでもあるありふれたものだ。子どものいる風景はどこも同じで、トランスだからといって大したちがいなんてない。産んだ親に対する世間の期待値はとても高く、母親であることはトランス男性でなくても難しい。母親や父親に対するステレオタイプがあるなかで「等身大の親」であろうとするトランスたちの葛藤は、きっと子育てに悩む他の親たちの悩みにもつながるだろう。
日本に暮らすトランス男性として、子どもを妊娠・出産するトランスたちのドキュメンタリーは、当初とっつきにくいもののように思えた。冬眠するホッキョクグマみたいに、しらない間におなかが大きくなって、その間だれにも知られることなく、寝ているうちに子どもが生まれるなら、妊娠・出産が可能かもしれないと思うが、自分は残念ながらホモ・サピエンスである。もし自分が妊娠・出産することになったら、男としてのアイデンティティ・クライシスに陥って、かなり大変な感じになるのではと思えてならなかった。
ただ、「男だから無理だよ」「身体違和があるから無理だよ」と思っていることでも、ものごとには別の側面があって、別の小さな生き物によって、世界の複雑さに気づかされることがある。私の場合には、現在付き合っているパートナーに子どもがいることが、経験の幅をひろげてくれたきっかけのひとつだった。小さい人はまだ幼児なので、うどんは冷まして食べさせなくてはいけないし、風呂もひとりでは入れない。トランスだから誰とも一緒に風呂に入らないと決めていたけれど、「お風呂はイヤ。でも、まめしゃんとなら入る」という幼児の訴えを断るわけにはいかず、小さい人と風呂に入るのは、それはそれで幸せなことだと知った。それから数年。小さい人は私を男だと思っており、そろそろ物事がわかってくる年齢になってきたので、やっぱり風呂には一緒に入らないほうがいいかなと最近は思っている。人生の中に一瞬だけそういう時間があったというのも、それはそれでいいんじゃないかなと、ホモ・サピエンスは納得している。
遠藤まめた
1987年埼玉県生まれ。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をきっかけにLGBTの子ども・若者支援に関わる。10代から23歳までのLGBT(かもしれない人を含む)のための居場所・にじーず代表。著書に「先生と親のためのLGBTガイド 〜もしあなたがカミングアウトされたなら」(合同出版)「オレは絶対にワタシじゃない トランスジェンダー 逆襲の記」(はるか書房)ほか。
【バラバラに、ともに。 遠藤まめたのホームページ】
『トランスペアレント』作品レビュー
トランスペアレント
►9/22(日) 10:10 すてっぷ(視聴覚室)
(上映後に、シネマカフェ。この枠のみ映画上映も視聴覚室)
►10/19(土) 22:50 西部講堂(オールナイト)
ジュールズ・ロスカム監督特集
・ジュールズ・ロスカム監督 経歴
・特集解題(ひびの まこと)
【特集企画】シネマカフェ
【特集企画】ロスカム監督記念講演
【特集企画】クロージング企画
【関連特集】日本のトランス男性と映画
【ロスカム作品 一覧】
- トランスペアレント(61分/2005年)
- フィッツジェラルド、ここに眠る(25分/2007年)
- トランス物語に抗して(61分/2009年)
- クィアな仲間の作り方(85分/2012年)
- パパのやり方(82分/2018年)
- 思いっきり泣くこと(13分/2018年)
- Dance, Dance, Evolution(18分/2019年)
- ロスカム作品 レビュー 一覧
- ロスカム作品 予告編 一覧
♦日本語の作品を含め、全ての上映作品に日本語字幕が付きます。
♦ステージ上での全てのトーク・講演に、手話通訳がつく予定です。
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