トランスが“トランス物語”を語ることを、静かに、皮肉を込めたユーモアを持って描く
邦題:トランス物語に抗して
英題:against a trans narrative
監督:ジュールズ・ロスカム/Jules Rosskam
61分|2009年|米国|英語
web:http://www.julesrosskam.com/against-a-trans-narrative-1/
「トランス物語に抗して」は、様々な場所で行われる対話と、断片的なフィクションのドラマによって構成される。初めて本作を観たのは2011年のことだった。作品を鑑賞した当時、ドラマの一節に、ハッとしたのを今でも覚えている。それは、こんなシーンだった。カウンセリングルームにて、カウンセラーの女性が性同一性障害の“患者”(あえてそう書く)に、「トランスの症状に当てはまるよう、しっかり答えるのよ」と、アドバイスする。性同一性障害の“患者”は「分かった」と答える。たったそれだけのシーンだった。私は、このシーンを観て、10代の頃に“性同一性障害”の診断を得た時のことを思い出した。
当時、群馬県に住んでおり、診断を得る為に2時間以上の時間をかけ、東京のクリニックへ通い続けていた。私は、診断に必要なカウンセリングを受ける過程で「もし診断が降りずに、治療を拒否されたらどうしよう」という強い恐怖を感じていた。その恐怖心から、自分の生きて来た人生の中に“トランスの症状”を必死に探していた。そして最もトランスらしいと思われる“症状”を、いくつも並べて語った。けして嘘をついている訳ではない。しかし、自分の人生の一部分を大げさに取りざたして語ることに、強い違和感を覚えた。また当時、仲間を求めてトランスのコミュニティへ通っていた。そこでは「アイツは本物のトランスじゃない」「トランスとして認められない」というような、トランス原理主義とでも言えば良いのだろうか。そんな言葉がよく飛び交っていた。そこでも私は「トランスらしさ」からあぶれてしまわぬよう、なんとなく「トランスらしく」振る舞おうとしていたように思う。
今述べた私の経験は、10年以上も前の話で、やや過剰な例ではあると思う。しかし、今でも“トランス”の人間が、トランスの“症状”に当てはまるよう、自分自身を語らなくてはいけない場面に立たされることが、多々あると感じている。例えば、トランスについて知識の無い人間に自分自身のセクシュアリティを語る時。無意識に相手が想像できる“トランス像”に合わせて会話をしていることがある。トランスの当事者なら、一度は経験しているのではないだろうか。
ジュール・ロスカム監督は、そんな、トランスが“トランス物語”を語ることを、静かに、皮肉を込めたユーモアを持って描く。本作で取り扱われるテーマは多岐に渡り、きっと違った視点でこの作品に興味を持つ者もいると思う。しかし、特にトランスの当事者が本作を観たときに、現在の日本のトランスが語る“トランス物語”の多様性の乏しさを感じる契機になるのではないかと思う。いや、感じて欲しいと私は思う。我々はもっと自由に語り、自由になるべきなのだ。
飯塚花笑
1990年6月11日うまれ。群馬県前橋市出身。東北芸術工科大学デザイン工学部映像学科卒業。大学在学中は映画監督の根岸吉太郎、脚本家の加藤正人に学ぶ。
トランスジェンダー(FTM)である自らの体験を元に制作した処女作『僕らの未来』は、ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2011にて審査員特別賞を受賞。国内の映画祭のみならず、バンクーバー国際映画祭、ロンドンレズビアン&ゲイ映画祭等、国外でも高い評価を受けた。
続いて二作目の長編『青し時雨』はあきた十文字映画祭、TAMA NEW WAVE、高崎映画祭等で上映。大学卒業後制作した『海へゆく話』は、沖縄国際映画祭2016で優秀賞を受賞する。手がける作品は必ず自ら脚本の執筆を行い、脚本、芝居づくり共に、真実の物語を普遍的で大衆へ向けた作品へと昇華させる映画づくりを目指している。
現在はFTMとそのパートナーが“家族づくり”に奮闘する物語(2020公開予定)の長編映画作品の仕上げ中にある。
『トランス物語に抗して』作品レビュー
トランス物語に抗して
►9/23(月/休) 12:30 すてっぷ(上映後に、シネマカフェあり)
►10/20(日) 18:05 西部講堂(『フィッツジェラルド、ここに眠る』と同時上映・クロージング企画)
ジュールズ・ロスカム監督特集
・ジュールズ・ロスカム監督 経歴
・特集解題(ひびの まこと)
【特集企画】シネマカフェ
【特集企画】ロスカム監督記念講演
【特集企画】クロージング企画
【関連特集】日本のトランス男性と映画
【ロスカム作品 一覧】
- トランスペアレント(61分/2005年)
- フィッツジェラルド、ここに眠る(25分/2007年)
- トランス物語に抗して(61分/2009年)
- クィアな仲間の作り方(85分/2012年)
- パパのやり方(82分/2018年)
- 思いっきり泣くこと(13分/2018年)
- Dance, Dance, Evolution(18分/2019年)
- ロスカム作品 レビュー 一覧
- ロスカム作品 予告編 一覧
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