13thKansaiQueerFilmFestival2019
『フィッツジェラルド、ここに眠る』作品レビュー

無邪気にも白人特権を自然と享受するポール

ひびの まこと

邦題:フィッツジェラルド、ここに眠る
英題:F Scott Fitzgerald Slept Here
監督:ジュールズ・ロスカム/Jules Rosskam
   61分|2009年|米国|英語

 『フィッツジェラルド、ここに眠る』は、関西クィア映画祭で上映した、ジュールズ・ロスカム監督の最初の作品だ。
 その頃、2007年の第3回映画祭の頃は、セクマイコミュニティー内部の女性差別やバイ差別、トランス差別を課題として可視化していくのが、私(たち)の流行(はやり)だった。映画で言うなら「ゲイ男性の映画ばかり」にならないようにする、トランスジェンダーの映画をたくさん上映する—そんな努力をする中で、この映画に出会った。そして当時のそんな「私たち」の内部でも、LGBTやSOGI(性指向と性自認)の課題、に直接関わらない(と思われている)問題を扱おうとする時には、皆の「無関心」という抵抗もまた、大きかった。だからそんな中で、あたりまえのように白人トランス男性による黒人差別を描いていた『フィッツジェラルド、ここに眠る』は、ひときわ私の目を引いたのだった。
 この映画では、黒人差別がどのように生活の中に現れるか、何の悪意も持っていないポールが、しかし無邪気にも白人特権を自然と享受する様をも、うまく描いている。もちろんそれだけではなく、女性学を受講している学生に受け入れられなかったトランス男性としてのポールや、気軽にハッテンするトランス男性としてのポール、詩が好きでお茶が好きなポールも併せて描かれており、"トランス男性あるある" を映画で見たい人たちへのサービスも満点だ。「トランス男性の映画」を見たい人をも十分満足させることの出来る内容になっている。
 そして今になって改めて、米国の黒人差別を描いた映画としてはどうなのか、という視点で見直してみると、気になるところも出てくる。例えば、映画の中で意味のある発話をする人は、白人は何人もいるのに、黒人ではゴードンただ一人だ。かっこいい、カワイイ、その他いろいろ感情移入できるシーンも、黒人のゴードンより、白人の出演者により多く割り当てられている。
 もし何人もの黒人の登場人物がいれば、黒人にもいろんな人がいることを描いたり、黒人のトランス男性を登場させることもできていたかもしれない。でもたった一人では、そうはいかない。つまりこの映画は、黒人のコミュニティーを描こうとはせず、白人のコミュニティーと、その中で生きる一人の黒人を描いているに過ぎない、とも言える。そう、この映画のつくりは、映画のつくりそれ自体が、白人コミュニティーからの目線であり、白人特権/黒人差別のある社会の在り方ををなぞっているつくりな訳だ。
 しかし、と私はもう一度振り返る。白人のトランス仲間に、人種差別のことを考えてほしいと心から思っている時には、こんな映画が訴求力を持つのかもしれない。黒人の主人公たちという設定ではなく、白人コミュニティーにおけるトランス男性が主人公として多く描かれているからこそ、白人のトランス男性への訴求力が生まれる、とも言える。
 差別を表現するのは、本当に難しい。伝えようとすれば、伝わらない。伝えたい相手に伝えるためには、自分を裏切らないといけない。私たちが映画祭を開催する度に、困り、悩んでいる問題と同じ課題が、ここにもある。




ひびの まこと
90年代に「バイセクシュアル」として同性愛中心主義や性別二元論に異を唱え、今はMtXトランスジェンダーやジェンダークィアを名乗ったりもする。アナーキスト系左派活動家として「クィアとは、性の領域におけるアナキズムのことだ」などと主張する。コミュニティー内部の権威主義(学者の特権とかも)や、女性差別、日本の民族差別をなんとかしないと、もう未来はないと思っている。
煮干しで出汁をとって盛田の赤味噌を使った味噌汁があればご機嫌。猫と暮らす毎日。
関西クィア映画祭 代表
天皇制社会日本に抵抗するクィア有志
http://barairo.net/


『フィッツジェラルド、ここに眠る』作品レビュー

親しき仲にも差異はあって、ときにはやんわり言ってあげるのもよいかもしれない
遠藤まめた

無邪気にも白人特権を自然と享受するポール
ひびの まこと


ロスカム作品レビュー一覧


フィッツジェラルド、ここに眠る
►9/21(土) 16:35 すてっぷ 『クィアな仲間の作り方』と同時上映)
►10/20(日) 18:05 西部講堂 『トランス物語に抗して』と同時上映・クロージング企画)


※日本語字幕をオンにしてごらん下さい。
  • フィッツジェラルド、ここに眠るスチール
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