『流れゆく 遠い道』大阪会場での質疑応答について
実行委員1人1人からのメッセージ ゆうき
『流れゆく 遠い道』大阪会場での質疑応答についての、実行委員1人1人からのメッセージを掲載します。
ゆうき
流れゆく遠い道-大阪会場での質疑応答から(2/8)
関東大震災での朝鮮人虐殺を、「過去の出来事」「今とは関係のないこと」として捉え、水に流して「フラットな気持ちで」受け止めようとする態度は、日本社会の主流的な語られ方のなかでは、決して珍しくないように思います。今回の質疑応答は、そうした態度を選び、実際にとってくることのあった、(祖父母・両親ともに日本国籍を持つ)「日本人としての特権」を持つ自分自身の立場について、あらためて考えるきっかけとなりました。
学校の歴史の授業で関東大震災を学んだとき、朝鮮人虐殺はどのように語られていたでしょうか。メディアでこの出来事が取り上げられるとき、何が強調され、何が語られてこなかったのか。それは、自然災害という例外的な状況のなかで偶然起きてしまった、ほとんど天災のような出来事として扱われてきたのか。それとも、朝鮮人に対する差別や抑圧の構造がもともと存在し、その表れとして起きた出来事として捉えられてきたのか。私自身は、育つなか、前者の語られ方に触れる機会のほうが多かったように思います。
この回のあと、機会があり、ウトロ平和記念館が催す個人向けの見学ツアーに参加しました。展示や解説を通して聞いた「恨」という言葉は、怒りや復讐心を指すものではなく、長いあいだ奪われ、否定され、置き去りにされてきた歴史を生き抜くなかで蓄積されてきた感情として語られていました。その話を聞き、構造的な不平等の重みを、少しばかりではありますが、よりはっきりとした輪郭で想像できたように思いました。
当時から現在に至るまで、日本社会には、差別と抑圧の構造が続いています。その根底には、植民地主義的な態度や前提、社会の「当たり前」として共有されてきた価値観があります。在日コリアン・朝鮮人に対する差別の具体例として、敗戦後の憲法制定過程において、植民地支配のもとで一方的に「日本臣民」とされていた人びとが、本人の意思とは無関係に日本国籍を剥奪されま
した。その結果、参政権や教育を受ける権利をはじめとする諸権利が国家の政策によって意図的に制限され、排除されてきたことが挙げられます。また、日常的な暴力やヘイトスピーチが横行するなかで生きざるを得ない現実もあります。こうした構造は、マジョリティの立場からは見えにくく、意識的に目を向けなければ見えてこなかったりします。
社会そのものが決して「フラット」ではないにもかかわらず、なぜ多数派は、少数派に対して「フラットであること」を求めるのでしょうか。それは、多数派を責めないこと、分かりやすく、はっきりとした批判をしないことを求める態度でもあります。もともと力の不均衡があり、特権を持つ側と、基本的人権すら十分に保障されていない側が存在しています。その状況のなかで、「フ
ラットであること」や、「日本人側」を傷つけないよう配慮し、迎合するよう求めることには、暴力性や加害性があります。結果として、それは差別や抑圧の構造を維持する力に加担してしまうのではないかと考えます。
私自身のなかにも、無意識に少数者に対する理想像や期待を描いてしまう癖があるかもしれません。それが、批判や不快感を感じたときの居心地の悪さにつながることがあります。こうした視線や態度を無自覚に維持するのではなく、意識的に丁寧に見つめ直すことが必要だと感じています。
誰もが、自分の世界だけでは見えないことや知らないことを抱えています。だから、自分にはまだ気づけていない暴力や権力関係があるかもしれないと意識しながら、学び続けることが大切です。
そして、この社会には、国籍や出自、育ってきた背景を理由に、権利を奪われている人びとがいます。自分の立場や特権をどう使えるのかを考え、行動に移していくこと。それが、今を生きる一人ひとりの引き受ける役割なのではないでしょうか。誰もが自由になるまでは、私たち一人ひとりも、まだ本当の意味で自由ではないと思います。
『流れゆく 遠い道』大阪会場での質疑応答 当日の発言(文字起こし)



