性的マイノリティーの切実な選択を支持する。キムイルラン監督の映画はこのシンプルな命題によって説明可能である。FTMは「Female to Male」すなわち、文字通り女性から男性へと性転換した人々を指す略語である。これに該当する3人の性的マイノリティーが映画「3×FTM」のなかの主人公である。彼らは正直に考えを語り、世界と疎通するために必死になる。そしてキムイルラン監督は、カメラに彼らの本当の気持ちをおさめようと努力した。
厳密にいえば、この作品は映画のための映画ではない。「3×FTM」は、フェミニズム的な生き方を志向し新しい性の文化環境を改善するために集まった「軟粉紅[ヨンブンホン]チマ(パステルピンクのスカート)」(注1)の文化運動プロジェクトのうちの一部だ。キムイルラン監督はピンクスカートのメンバー5人のうちの一人としてこのプロジェクトに参加した。似た文脈からみれば、去る2005年に共同演出した最初の映画「ママサン-Remember Me This Way」に続く作品でもある。
今回の作品の企画は性転換者の性別変更特別法(注2)の必要性が提起されている過程でスタートした。国内では性別変更に対する特別な法案のない関係で、判事の裁量によって状況が異なっている。この問題のためにさまざまな団体が集まった。そして実際に性転換をした当事者たちにこの法案が必要なのかを証明するための実態調査を始めた。この過程をつうじて多くのFTMとMTF(Male to Female)に出会っていった。
「MTFは、ハリス氏(注3)などのケースがあるので、それほど反発もなく受け入れられました。けれどもFTMはあまり知られておらず、アプローチも難しかった」。質問の仕方やどのようにアプローチするかについて悩みは絶えず、出会いの過程で多くの試行錯誤を経ざるをえなかった。「それだけ知らなかったということです。このような状況を経験するなかで、彼らについてのドキュメンタリーをつくって、ある程度は知らせていかねばならないという必要性を感じました」。
ドキュメンタリーを企画する人なら誰もがもつ共通の考えがある。必ず知らせねばならないと信じる事柄なら、その事柄に関連する活動をする人々の中に入りともに活動することで、小さな変化でも起こすことができれば、という願いである。キムイルラン監督もまたそうだった。制作過程は円滑ではなかった。幸運にもソウル国際女性映画祭と玉浪[オクラン]文化財団が女性監督のドキュメンタリーを支援するためにつくった基金「玉浪賞」を受賞したことで、かなりの予算をそこから充てることができた。
撮影がおこなわれている間にも、いくつもの壁にぶつかった。何よりも、彼らに対する理解が自分には不足していると感じる時がいちばんつらかった。「手をこまねいて『俺を理解させてみろ』という視線で見たとすれば、誰がそんなやり方を好むでしょうか?重要なのは通じ合おうとする意志です」。映画の中の 3 人の主人公は誰ひとりとしてあれこれ言う間もなく話術に長けている。これまでずっと自分のことを説明し理解してもらわねばな
らなかった状況の中で生きていた分、自然と身についてしまった言葉遣いだ。自身を代弁するために探し出した単語や例示は哲学的レベルに達する。
キムイルラン監督は彼らの話を聞きながら切実さを感じた。映画の公開を決心するまでの間も、多くのことを悩んだ。映画祭で作品が公開されたら出演者とともに観客との対話に参加したりもした。映画祭の現場では毎回好評だったし、彼らもまた観客たちとのコミュニケーションに満足しているようだった。このような反応を見て、公開を決心したものの、毎回が負担に感じられたことも事実だ。「私を含む皆がそうだったみたいです。絶対に公開しなくちゃと決心したかと思えば、次の日には不安になったりしていました」。
信念をもって今までやってきた。けれどもこれが終わりではない。現在、キムイルラン監督を含むピンクスカートの会員たちは「3×FTM」に続く連作を制作中である。昨年の国会議員候補として国内初にカミングアウトして立候補し世をにぎわせた崔ヒョンスク氏の選挙挑戦記を描いた作品「レズビアン政治挑戦記」と、4 人のゲイの物語「鍾路[チョンノ]の記憶」である。
「レズビアン政治挑戦記」は「3×FTM」に続いて玉浪賞を受賞し、すでに制作を終えた状態だ。直接的に演出したわけではないが、キムイルラン監督も制作全般にかかわっている。「始めから 3 部作を企画していたわけではないけど、ここまできちゃいました。こんな活動が社会に小さな影響でも与えることができれば、と思います」。
(注1)
軟粉紅[ヨンブンホン]チマは、性的少数者の文化環境を改善するための会。英語名Collective for sexually minor cultures Pinks。「パステルピンクのスカート」が考える性的マリのリティーは数の概念でいう多数対少数ではなく、性的に位階化された社会の権力構造――家父長制、異性愛中心主義、資本主義――から排除され幾層にも抑圧され苦痛を受けているあらゆる人のことです。また、性的マイノリティーは、表面化しない性的位階秩序を日常の中で明らかにしていくことによって、既存の秩序に亀裂を加える可能性をもつ主体です。ピンクスカートは、フェミニズム的な生き方を目指し、日常の経験と性的感受性を変えて行く感受性の政治を実践し、新しい性的文化環境をつくっていきたいと思います。
http://pinks.tistory.com/
(注2)
2006年、韓国の最高裁判所は、性転換者の戸籍上の性別訂正を許可する判決を下した。
2006年6月22日、女性から男性に性転換する手術を受けたAさんが戸籍に記載された自身の性を「男性」に修正してほしいとしていた戸籍訂正申請で、性別訂正を不許可とした原審を破棄した。最高裁判所は1993年、性転換者の性別を問う予備軍中隊長の質疑に「戸籍上性別訂正不可」と判断しており、96年には男性から女性に性転換した人が男性から性暴力を受けた事件に対して強姦罪の代わりに強制醜行罪を適用した。強姦罪は女性のみを被害者として認定するためである。結局、性転換者を女性とは認めなかったのである。しかし、2002年7月、釜山地方裁判所は女性に性転換した尹某氏の性別訂正を許可し、同年12月には芸能人のハリスの性別訂正を許可した。以降、毎年性転換申請は増加した。2004年ソウル家庭裁判所をはじめとして18か所の地方裁判所に全22件の申請が受理され、そのうち10件が許可された。昨年〔05年〕は26件中15件が受理された。
現在、国内の性転換者は4500~10000人ほどいると推算されるが、裁判部によると〔受理するかどうかの〕決定はそれぞれであり、性別訂正を許可された人はごく一部である。性転換者が戸籍を訂正しようとする理由は、戸籍上の性別が変わっていないと、日常生活で不便があるからである。事実婚関係にあっても婚姻届が不可能だったり、男性の場合、女性になっても兵役義務が課せられる。[クッキーニュース、2006年6月22日]
(注3)
韓国で人気のある芸能人。男性から女性へと性転換したことを公表して芸能活動をしている。